正式名称
Bazylika Prymasowska Sanktuarium św. Wojciecha w Gnieźnie
バジリカ プリマソフスカ サンクチュアリウム
シュフィエント ヴォイテェハ ブ グニエズニェ
さっそくマニアックな話をしてしまいますが
この正式名称にある「Prymasowska 」って初めて見たなと思って調べたら、もうすごいことがわかってしまい大興奮🤩
なんとこれが付いている教会は、ポーランド国内において実質的にグニエズノ大聖堂だけなんだそうです。
各地の教会片っ端から行ってる私ですが、道理で見たことがないわけだ!
「Prymas(プリマス)」は大司教のトップという意味なのですが
ポーランドカトリック教会における最高位の称号(Primate of Poland = ポーランドのプリマス)は、歴史的にこのカトリックの始まりでもあるこの土地グニエズノの大司教にのみ与えられるものだそうです。そうなんといってもここグニエズノは国の始まりでもありつまりは人が集まって政治のようなシステムができたり宗教も始まったのです。
国内に大司教(Arcybiskupアルツィビスクプ)は他にもたくさんいますが、「プリマス」の称号を持つのはそのトップの一人だけなんだそうです。
なんてかっこいいんでしょうね🤩
こんなの出てきたら気になる要素たくさんでしょう!
とりあえずランク順を書いておきます😁
カトリック教会のランク順
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ローマ教皇(世界のトップ)枢機卿から選ばれた人
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枢機卿(最高幹部Kardynał/ カーディナル)コンクラーベに参加できる人はここの人たち
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首座大司教(Prymas/プリマス)国内の大司教のトップ
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大司教(Arcybiskup/ アーチビショップ)
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司教(Biskup / ビショップ)
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司祭(Ksiądz / 普通の神父さん)
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助祭(Diakon / アシスタント)
大司教もそうそう見れるもんじゃないのですが、何かカトリック系の祝日で外歩くことがあるときに、そこですんごい服装でお連れを引き連れてすんごい杖もってたりします。オーラがとんでもないです。大司教であれってことはプリマスもすごいだろうしさらに枢機卿なんていったらアレだしそりゃ教皇なんて神ですよ。(語彙力)
ちなみに他の国で言うと、例えば
フランスはリヨン、スペインはトレド、ハンガリーはエステルゴム、イタリアはローマ教皇がそのままプリマスだそうです。
これを知ってしまった私は、トレドとローマは行ったことがあるので、まだ行ったことがないリヨンとエステルゴムのプリマスがいる教会に行きたくなりました🤩どの教会がそれなんだろう?あとで調べてみよう♪
枢機卿となるとみんなバチカンにいるのかな?と思いがちですが、ほとんどの人は自分の国の自分の担当区域にいるそうです。2割くらいはバチカンに住んでいて各国の枢機卿とやりとりをしているらしい。なので各地の枢機卿は大司教の仕事を各地でしているそうです。
大聖堂の中も綺麗だったので写真載せておきます。
ほぼ趣味全開のギャラリーとなりますが気になったことを調べながら書き足しているのでカトリック教会好きな方や宗教文化が好きな方にもお楽しみいただければ幸いです☺️

一見シンプルに見えますがわかりやすいゴテゴテだけが大聖堂ではありません。
遠くからすでに見えてる黄金に輝く場所。
真ん中にすごいのがあるのは間違いない。
そしてここもクラクフのマリア大聖堂と同じようにイエスは真ん中あたりの上にいます。
明るく映ってしまっていてよく見えないのですが上のステンドグラスも綺麗です。

トイレあるし、チケットオフィスの場所もわかるし、
MUZEUM(大司教区博物館)の場所はあっちでグニエズノの扉は外からしか入れなくて
別途場所があるのですが、この辺はチケット買う時に教えてくれます。

ポーランドの教会は大体パイプオルガンが後ろにあります。
意外とシンプルでした。


この教会の偉大さはぐるっと横にあるこうした大きい部屋の豪華さ、多さでわかりました。これがあるだけでもうここはそんじょそこらの大聖堂とは格が違うことがわかります。さらに一つ一つの部屋の門の作りからすごかったです。

門も窓のステンドグラスも中の赤絨毯もそこにある祭壇もすべてが眩しい。


割愛しますが本当にどの部屋も神々しかったです。

影にしても門の柄が素敵でした。
絵になりますねぇ☺️


真ん中の祭壇気になつつ、グニエズノの扉とは別の扉も十分すごかった。
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埋まってる石板も
気になっちゃって
写真に収めずには
いられません。 |

この部屋もすごかった。

ステンドグラスに明るさ合わせるとこうなるのですが、細かくて綺麗です☺️

このお部屋の服がかけられているところにノスタルジーを感じて。
「いいですねぇ☺️」
何でこの部屋だけに見えるようにかけてあるのかもわかりませんがそれがまたいい。

すごい人がいるなと思ったらまさにプリマス(首座大司教)だった人で、
ステファン・ヴィシンスキ枢機卿。
1948年からプリマスになり、1953年には枢機卿にまでなりました。
第二次世界大戦直後のこのときはソ連の影響下もあって宗教も弾圧があり
共産主義政府によって3年間軟禁もされていたんだとか。
しかし、国内での暴動が起き、困り果てた政府は軟禁している彼に助けを求めたんだとか。
そこで「教会の自由」を認めさせ表舞台に戻り真のリーダーとなって国民をまとめ真のヒーローとなったそうです。
1978年のコンクラーベの時には、同じく枢機卿になっていた後のヨハネパウロ2世
(本名:カロル・ヴォイティワさんといいますが彼は1967年に枢機卿になっています。)
が教皇に選ばれた時、2000年以上の歴史の中でも極めて若い58歳だったので
「こんな若造の自分が教皇でいいのだろうか」と躊躇していたところをこのステファンさんが
「選ばれたなら断ってはならないよ。君が新しい時代を導くんだ。」と背中を押した先輩だと言われています。
同じポーランドからの先輩、きっと心強かったことでしょう☺️

「千年のプリマス」とも呼ばれているステファンヴィシンスキ枢機卿
ポーランドは西暦966年にポーランドという国として誕生したとされ
同時にキリスト教も始まってるのですがその1000年後1966年にプリマス=大司教だったのがこの方なので「一千年のプリマス」とも呼ばれているそうです。
実はこの1000年祭の裏では、宗教を消し去りたい共産主義政府との激しい「1000年戦争」が起きていました。
共産党政府は、教会のイベントを邪魔するために同じ日にぶつけて軍事パレードをやったり、招待していたローマ教皇パウロ6世の入国を拒否したりと、ありとあらゆる嫌がらせをしました。
しかし、ヴィシンスキ枢機卿は機転を利かせ、教皇の代わりに「教皇の肖像画と空の椅子」を掲げて式典を強行。これがかえって国民の心を打ち、全国の式典には共産党のパレードを遥かにしのぐ群衆が押し寄せました。結果として、共産党の洗脳にカトリックの信仰と伝統が完全に勝利したのです。
千年のプリマス、かっこいい。
写真撮っておいてよかった。周りにすごい人たちつれてるから絶対強いボスなんだろうなと思ったんです。結果ボスどころか神に近い人でした🤭

これを読んでいるのでしょうか、置いてあった本。
栞もかっこいい。

そして気になる一番真ん中にあるすごいもの。
調べたら「千年のプリマス」よりもさらにすごいものでした。
この教会、正式名称は
Bazylika Prymasowska Sanktuarium św. Wojciecha w Gnieźnie
名前にある「聖ヴォイチェフ」って誰なんだと思ってはいました。
(英語やドイツ語圏だとSt. Adalbertアダルベルトと呼ばれる名前。)
えぇ、そのヴォイチェフさんが、まさにこの中に入っている人でした。
西暦997年、つまりポーランドができた翌年、ヴォイチェフさんはプラハの司教でしたが
ポーランドの北のプロイセン人の異教徒達のところへ布教しに行ったのですがそこで首をはねられてしまいました。
ポーランドの初代国王ボレスワフ1世が「彼の遺体はポーランドに持ち帰らねば!」と
異教徒と交渉しなんと遺体と同じ重さの純金を支払うことで
ヴォイチェフさんの遺体を取り戻したそうです。
このグニエズノがポーランドの最初の町なので王様もここにいます。なのでここで手厚く葬りました。
当時は偉大な殉教者の遺体があることはヨーロッパにおいてとてつもないステータスだったんだそうです。
「すごい聖人がここにいるんだからここが教会のトップだ!」ということで
一番格式が高い教会となり、今でもプリマスはここだという歴史が繋がっているのです。

この銀の棺を担ぐ4人の銀の像は当時の社会構成をしていた4つの階層の人々で、
騎士、貴族(シュラフタ)、聖職者、一般市民で「身分に関係なくポーランドにいる全ての人が一つになって、偉大な守護聖人(ヴォイチェフ)を守っている」という当時のポーランド王国がカトリック教の国としての誇りを表しているそうです。
書いてて不思議に思ったことをそのまま調べて残しておきますが
「国ができると同時になんでカトリックになってるんだ?」という謎が出てきませんか?もともとはスラブ神話があるような自然崇拝だったのに。
まず初代の王となったボレスワフ1世の奥さんがすでに近くで国になってたボヘミア公国(現チェコ)の王女で、ここはすでにキリスト教を受け入れていたそうです。すでに周りには国ができてて、キリスト教が近くにあったのですね。

ボレスワフ1世がポーランド王国とするにあたり、他にも東フランク王国(のちの神聖ローマ帝国/現ドイツ)があったり、東にはキエフ大公国があったりして、ポーランドが自然の神々を信じる異教徒のままだと「文明化してやる」なんて周りから攻め込まれて、バラバラに解体されて周辺国の領土にされるかもしれないという恐れがありました。(結局のちにされるんですが🥲)
そこで奥さん繋がりもあってか建国同時に王様自身が洗礼を受けて、ポーランドは同時にカトリックの国になることで「このポーランド王国も教皇公認のキリスト教国だ!」と攻め込ませないようにしたそうです。
実は私は966年にポーランドがカトリックになったことは知っていたんですが(教会で1050年祭いろんなところでやっていたのを2016年に見たので👀)966は覚えていたのですが、その時に国ができていたのは知りませんでした😂もっと前からだと思ってた🤭
ちなみに日本の966年はというと、平安時代の中期で、すでに律令国家としての基盤があり華やかな貴族カルチャーが全盛期だったときです。そして966年は藤原道長が生まれた年だそうです😁

それならば、日本が平安時代の貴族な時に、当時のポーランド人(正確にはポラン族(平原に住む人)やヴィスワ族(ヴィスワ川沿いに住む人))はどんな生活をしていたのでしょうか?家はあった?服装は?食べ物は?原始人ってわけじゃないよね?と知りたい欲が出てきます。🤔
当時の森(日本だと林ぐらい)の生活はオオカミや熊などの猛獣がたくさんいたので木と泥、石を積み上げて円形の頑丈な鳥でを作って集団生活をしていたそうです。
服装はリネンやウールを使ってマキシワンピースを紐で縛るような感じのようです。気になる方は「初期 スラブ人 服装」なので調べてみてください😃これを深掘りしてしまうとまた長くなるのでまたいつかそんな話題になったらがっつり調べましょう😜


それにしてもこの大聖堂は小さな部屋でもとっても素敵で凝っていて
絵の細かさはもちろんなんですが彫刻とか機械もないだろうにどうやってと思ってしまいますね。


天井が特にしっかり書き込んであると寝転んでじっくり見たくなりますね👀✨




ということで、このグニエズノ大聖堂。
「千年のプリマス」がいたり、名前についてる聖ヴォイチェフってなんなのってことがわかったり
ポーランドの始まり、そしてカトリックの始まりと、ポーランド起源博物館はここだと言ってもいいのではないでしょうか!😆後から調べながら書いているのでそれで自分はいま書いて満足しましたが、これを読んでくださったかたにも少しでも豆知識がついたなと思ってもらえたら嬉しいです☺️そして機会があれば、ポズナンから日帰りで行ってみてください😀

| 施設・見学スポット |
通常料金 (大人) |
割引料金 |
備考 |
| 全部入り共通パスKarnet na wszystko |
48 zł |
42 zł |
博物館、扉、地下、塔、本堂、オーディオガイドがすべて込み |
| 大司教区博物館Muzeum Archidiecezji |
18 zł |
16 zł |
単体チケット |
| グニエズノの扉Drzwi Gnieźnieńskie |
16 zł |
14 zł |
単体チケット(ガイド料込み) |
| 地下聖堂Podziemia Katedry |
14 zł |
12 zł |
単体チケット(ガイド料込み) |
| 塔(展望テラス)Taras widokowy |
12 zł |
10 zł |
単体チケット(ガイドなし) |
| 大聖堂本堂Wnętrze Katedry |
無料 |
無料 |
塔は中にありますが拝観のみが無料です。 |
- 注意点: チケットオフィスは、閉館時間の30分前にクローズします。
ポズナンから電車で20分ほどで行けます。
グニエズノ駅から旧市街までも歩いていけます😀